好きな楽譜、嫌いな楽譜

同じ曲でも、この出版社の楽譜は読みやすくて好きだけど、あの出版社の楽譜はとっつきにくい・・・そんなことを感じたりしませんか。

 

昨日ご紹介した、朝日新聞の全音の渡邊さんへのインタビューでも、版によって受ける印象が違うことが触れられていましたが、その違いはどこからくるのでしょうか。

 

黒玉音符の形・大きさを手掛かりに見ていくと、その理由が少し明らかになるかもしれません。

 

ショパンのエチュードを例に見てみましょう。

 

いちばん上の楽譜は、ショパンコンクールの奨励楽譜「エキエル版」です(数年前に浄書されたものですので、アイテムの配置方法など、現在主流の浄書ルールにもっとも忠実です)

 

音符の玉はやや寝た楕円形を採用しており、五線の幅とのバランスとしては控えめな大きさです。ページのレイアウトにも余裕をもたせており、見た目がすっきりしているのが特徴です。その分、パデレフスキ版(後述)などを愛用してこられた方には、音の流れが追いにくいという印象を与えるかもしれません。

ただし、音符の大きさが控えめな代わりにアクセントや臨時記号などの追加アイテムのサイズを大きくしており、音楽の表情の変化に目が行きやすくなっています。最新の学術研究に基づいたナショナル・エディションであるとの自負を感じますね。

 

次の楽譜は、長い間、ショパンといえばこれ、と愛用されてきた「パデレフスキ版」です。

 

音符は丸に近く、五線の幅とのバランスとしては玉が大きめです。その分、詰まって見えますが、連桁の太さもしっかり持たせているため、音符がまとまりとして捉えやすくなっています。

また、段どうしの間隔をしっかり取っているのが特徴で、段の終わりまで読んでさあ次の段・・・となったときに、ぱっと目が次の段に行きやすいよう工夫されています。校訂の内容もさることながら、演奏者の目線をよく考えた楽譜のつくりであることが、長らく愛用されてきた理由でもあるのかと思います。

 

次の楽譜は、これまた愛用者の多い「コルトー版」

 

音符は丸に近く、五線の幅とのバランスでいうと、玉が大きめです。また、1ページの情報量をなるべく増やすため、段と段の間が狭めになり、段数が多くなっています。

その分、ページ横の余白を減らし、音符がすっきりと見えるように工夫されています。また、十六分音符の連桁をよく見ていただくと、真ん中2つの音符から伸びる符尾が、横棒と横棒の間には伸びていないことがお分かりになると思います。フランス式連桁と呼ばれるもので、コルトー版の出版元であるサラベール社などの楽譜に特徴的な浄書法です。この連桁方式が、ごちゃごちゃした感じを軽減させ、密度の高いレイアウトにもかかわらず窮屈さを感じさせない一因となっています。

 

最後の楽譜は、日本の「全音版」

 

音符は、ほんの少しだけ寝かせた楕円形を採用しており、五線の幅とのバランスは控えめです。また、非常に微妙な違いではありますが、音符と五線とで色の濃さに差を付けており、音符がきれいに浮かび上がるように浄書されています。

他の版と大きく違う点は、パルスを大事にしているところです。この曲は4拍子ですが、十六分音符をひとしなみに並べるのではなく、1拍ごとに少し隙間をもたせて、拍感がわかりやすくなるよう音符を配置しているのがお分かりになるでしょうか。また、アクセントなどの指示が、音符の情報と必ず同時に掴み取れるよう、記号の配置に絶妙な配慮がされています。

 

どれもほんのちょっとしたこだわりの差なのですが、楽譜の第一印象には大きな影響を与えています。

どの楽譜が使いやすいと思うかは、演奏する方が、どんな楽譜を読み慣れてきたか、どんな情報を大事に楽譜を読んでいるかに左右されるところがあります。どんな楽譜がお好きか、どうしてこの楽譜が好きだと思うのか、そんなことを時には考えてみるのも面白いのではないでしょうか。